
ふとしたきっかけで過去のメールを見返したら、
20代、30代の頃の自分の生き様が見えてきて複雑な気持ちになった。
メール文章なんかは丁寧ぶってるけど、ちょっととっつきにくい感じがする。
「キャンキャン吠えない私いいやろ」と思ってる小型犬みたい。恥
一生懸命生きてきたんやな、と他人事のように労いたくもなった。
決して器用ではなかったけど、怖がりながらもたくさん行動していた。
色んな人にも出会ってきた。経営者の大先輩に突撃したり。ようやってたなと。
でも、怖がりすぎがブレーキをかけている面もあった。
怖がりどころを間違えてたような気がする。そこじゃないよね、って。
それで、不必要にしんどくなってたりも。
もっとできたのに、とか、もっと違う選択をしていたら、
なども思うけど、
「もっとうまく怖がっていたら」というのが私が振り返って思うこと。
おかしな怖がりポイント(言い換えれば変なこだわり!)のせいで、
無駄に消耗していたように感じる。
方向性はいいけど、言葉を選ばすにいえばその点が大きくマイナスだったように感じて。
それはこれからも通じることかもしれない。
怖がり方を見直すっていうのは、ともすると見逃しているいろんな問題の根本に近いところにあるかもしれない。
ちょっと見直してみてもいいかも。
怖がりどころがしっくりくれば迷わず力を発揮できる気がします。

