【受験生活エッセイ①】ロケ地での暮らし

税理士受験生だった頃のことを回想して。

風が鳴く夜と、古い一軒家

風が「うぅ〜、うぉ〜〜〜、びゅうぅぅ〜」と声をたてるように鳴いているかのように呻く。
川に近い角地の古い一軒家は、風が行き場を失くしたかのように彷徨っている。都心では「ビル風」と言われるこの現象は、23区内でも下町のこの地でも日常的な風景だった。

女性の一人暮らし。下宿とはいえシェア人不在で一人で過ごしていた。突然の来訪者はないはずだと言われていても、玄関の錠がただのサムターンキーひとつでは心もとなかった。おまけに「駐車場」兼「庭」は誰でも立ち入ることができる。その空間とリビングとはサッシ一枚の隔たりしかなかった。

人の気配が消えた「人情の街」

いつもと同じ11時前の帰宅。講義を追えて一段落ついたのもつかの間、帰宅直前に緊張感が走る。駅からの道が暗く静かで人通りがない。土地勘もない。たぶん「人情の街」だから大丈夫なはず、という人生の中で交わったことのない「生粋の東京人」を信じて帰宅していた。

しかし、ここは生活の拠点なのか、ただの「ロケ地」なのかわからないほど、人の気配を感じられなかった。けれど、心細さよりも、翌日の仕事や講義、受験生活への不安の方が大きく占めていた。「ロケ地」の街のなかの、これまた「ロケセット」のような家に戻りながらも、受験に向かうことだけが拠り所だった。

不安を支える「理サブ」の時間

その夜もまた、「理サブ」という内容の詰まった教材に向かうことで不安にもなり、恐怖を忘れる助けにもなっていた。

あの孤独な夜道も、教材に向かう時間も、大昔のこと。
けれど、不安と向き合ったあの時間が、今の私をつくってくれました。
第2話では、また別の夜を思い出してみようと思います。

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