何かをやめることで時間は作れるけど、やるかどうかは別の話。

ドーナツを食べなかったとしても他のものを食べてしまう、というのと同じ。

「時間があればやるのに」という気持ち

やりたいことがある時に、「時間があればいいのに」、「この時間がなければできるのに」と思うことありませんか。典型的なもので、もし「〇〇をやらなければ△△ができるのにな〜」というもの。

「時間がないからできない」と思っているんですね。

何かを行うには時間が必要なのは間違いありませんが、これってちょっとした罠かもしれません。「時間ができてもやらない」ということが、実は結構多いのかなと考えています。

時間ができてもやらなかった

私はいつも、夜にブログを書いています。子どもたちを寝かしつけた後に。
ブログがなければ、もっと早く寝られるのに〜といつも思っていました。

そういう中、先日ブログを午前中に書いたら、とてもよかったんです。早く終わった〜という達成感みたいなものと、今日は早く寝られるなとう期待と。夜のまとまった時間をゲットしたようでとても嬉しい気持ちでした。

ところが、です。
夜のまとまった時間がぽっかり開いた分、ちょっと仕事をしたり、寝かしつけに時間をかけたり(寝る前の時間はいくらでも楽しくできるので時間をかけようとしたらまるで無限に遅くできてしまいます)してしまったんですね。
気がつけば、あぁもうこんな時間かと。寝かしつけが終わりお風呂に入ると、いつもと同じような就寝時間でした。

やるかどうかはまた別の話

夜にブログを書かないからといって、望むこと(早く寝ること)はできませんでした。
油断していたとも言えますが、確保できた時間を「好きに時間を使ってしまった」んですね。

「ブログを夜にかかなければ、早く寝られる」と思っていましたが、それは叶いませんでした。そう、やるかどうかはまた別のお話なんですね。

時間ができたとすれば、やりたいことのために時間を使うように進めなければいけませんね。時間もお金もいくらでもかけられますから。

私の場合、すぐに就寝に向けて動けばよかったのに、やりませんでした。ブログをやめたからと、自動的に望むことに時間が充てられるわけではありません。

やるかどうかはまた別の話ですね。

たびたびブログ書くのをやめたら〜とか、家事をやめたら〜とか思いますが、何かを辞めて確保した時間が有意義な時間に振り替わるとは限らない。そのようなことを、実感した経験でした。

何かをやめたら希望が叶うという簡単な話ではありませんので、作戦を練り直しましょう。

【日記】
長女耳鼻科、メガネ屋。雨で傘の開閉部に指を挟みました。(我が家ではチョビ肉といいます)開けても閉じてもはさまるのでどうしたものかと。自力で外して事なきを得ました。
次女の食べっぷりがすごいです。起床直後にヘビーな食事もOK。脂身歓迎。夕食もものすごい勢いで食べます。「もりもり食べる」ってこういうことだなという食べ方です。
がっちりした体型になり、ふにゃふにゃな赤ちゃんだった頃に抱き上げてた感覚が懐かしくなりました。

【something new】
堺筋本町店

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