毎日増えるこういうの、どうしていますか。

ずっと気になっていたキッチンコンロ周りの掃除。
昨年きれいになって、その状態を維持できていて気持ちいい。
一度きれいになると、それを維持するのはそれほど難しく感じません。
少し汚れたら拭くだけ、物が置かれたら片付けるだけ。
こんな簡単なのに、なぜこれまでできなかったのか、というのは不思議に思っています。
その理由を、私の経験を元に考えてみました。
整理整頓に取り組めない理由
整理整頓について、性格かなと考えたこともありました。たしかに全く関係ないとは思いません。
性格や活動量によって、使える余力が変わるからです。
でもそれよりも、余力が足りていないことが理由だと思います。
疲労、睡眠不足、生活ノイズの多さ。
これらが重なると、
整理整頓を「ラクに回せる状態」に持っていく前に、力尽きてしまいます。
本当は、一度きれいにしてしまえば、あとは元に戻すだけなのに。
その「一度」に使う余力が、もう残っていない。私も片付けられなかったときは、その余力残っていなかったのでしょうね。
必要性を強く感じているのにできない、というのも同じです。
有事の最中に、防災対策を練ることはできません。まずは逃げること、目の前の対処が先決です。
整理整頓も同じで、
・余裕があるときは、必要性は下がるけれど準備はできる
・余裕がないときは、必要性は上がるけれど準備できない
そんなことなのかなと思っています。
転換点は「一度だけ完成させる」ことでした
私にとっての転換点は、
一度だけ、あるべき状態を完成させたことでした。
「これが通常」という基準を作る。
そうすると、やることは掃除ではなく「復元」になります。
大仕事ではなく、数分で終わる作業に変わりました。
ただし、家中すべてを一気にやるのは無理です。
「いつもごちゃごちゃしていて、本当に使いにくい。」
「きれいだったら、ぜったいにやりやすい。」
そう心底思える場所から始めるのが大事だと思います。
私の場合はキッチンでした。
狭くて料理しにくく、
毎回「料理が嫌いになりそう」と感じるのが本当に嫌だった。
この強い不快感が、最初の一歩になりました。
整理整頓が回りだす条件
整理整頓が回りだすには、条件があります。
ひとつは、判断を減らせる状態です。
たとえばダイニングテーブル。
物がたくさん置いてあると、
それぞれをどこに戻すのかという判断が一気に増えます。
判断が増えると、途端に回らなくなります⋯。
だから、物を減らすことは有効だなと感じています。
毎日誰かしらモノを持ち込む我が家では簡単ではないのですが、
家全体でなくてもかまいません。「きれいにしたい場所」だけで十分。
物が少ないほど、
きれいを維持するための判断も、疲労も減ります。
もうひとつは、「快」の感度が上がること。
一度、きれいで使いやすい状態を知ると、散らかることが不快になります。
今では少し汚れても嫌だと感じてしまうので、両刃の剣でもあるのですが。
(それまでは、見て見ぬふりをしていただけなのだと思います。)
「きれいにしておきたい」という気持ちが、きれいの維持には必要です。
最後に
整理整頓が続くかどうかは、やる気に委ねる問題ではなかったのではないかなと。
整えられる状態に、持っていけるかどうか。
そのためには、
心地よさを感じられる余裕が必要な場合もありますし、
散らかっていて困る、不快だという感覚のほうが強い原動力になることもあります。
少なくとも、
できなかった理由を「怠慢」で片づける必要はないのかなというのが今の私の考えです。
