
東京に住んでいた頃のことです。
渋谷区で、駅から徒歩1分のマンションに住んでいたことがあります。その前は駅から徒歩13分ほどの場所に住んでいたので、夜道を歩くこともなくなり、とても安心でした。
商業施設も近く、ターミナル駅へも2〜3駅。
どこへ行くにも便利で、当時はとても気に入っていました。
ところが、離れてからわかったことがあります。移動時間が少ないのは、いいことばかりじゃないということです。
徒歩1分なので、ほとんど歩きません。
ターミナル駅までの通勤時間も短いので、仕事モードから生活モードへ切り替わる時間もありません。
駅まで歩きながら考えごとをすることもない。
電車で本を読むこともない。
気づけば、毎日が同じ場所の往復になっていました。
当時は便利さしか見えていませんでしたが、今振り返ると少し息苦しかったのです。
人は案外、移動時間に「呼吸」しているのかもしれません。
数年前までの私は、大阪でもまた駅近・職場近の生活をしていました。
子どもとの生活を考えると、近さは大きなメリットです。
保育園のお迎えもありますし、時間を生み出してくれます。
だから近さを選びましたし、否定するつもりはありません。
ただ、近さで生まれた時間を、
家のこと。
こどものこと。
仕事のこと。
そうしたことだけに使ってしまうと、だんだん息苦しくなります。
近いことで浮いた時間は、つい生活タスクの中に吸い込まれていくからです。
散歩でも、
自転車でも、
本屋でもいい。
近いことを活かすには、意識して外に出ることも必要なのだと経験から思います。
便利になったのに、時間が浮いたのに、なぜか息苦しい。
そんなときは、浮いた時間の使い方を見直してみてもいいのかもしれません。
