経験して、ようやくわかること

百聞は一見にしかず。ミスドの新作。

日々の中での気づきを、これまでブログに綴ってきました。

自分にとっては大きな発見だったり、
ものすごい発明のように感じたり、
「これはライフハックだ」と思えるようなこともありました。

でも、そうした気づきを子どもたちや読者の方が受け取ったとき、
私と同じように感じるかどうかは、別の話なんですね。

一方で、同じように感じてくださる方もいます。

その違いは何かというと、
「経験」だと思います。

経験の多さ、少なさではありません。

その気づきにつながるような経験を、
すでにしているかどうか。

たとえば、
起業して同じような壁にぶつかったことがある。
子どもとの生活で、同じような困りごとを抱えたことがある。
会社員として働く中で、将来性や働き方に限界を感じたことがある。

そういう経験があるからこそ、
言葉が自分の中に入ってくるのだと思います。

経験を伴わないと使えない気づきがある。
ふとそんなことに気づきました。(また気づきですが。笑)

だから、先輩方の話をきいて、「それは避けたい」と思っていた失敗も、
結局、自分も経験することがあります。(かなりの確率で⋯)

そして経験してようやく
「こういうことだったのか」と理解するのです。

気づきは、先に言葉として受け取ることもできますが、
本当に自分のものになるのは、やはり経験をしてからだったりします。

だから、誰かの気づきを聞いても、すぐにわからなくてもいいのかもしれません。
あとから、自分の経験とつながることがあります。

そう考えると、
ブログに書いていることも、
今すぐ誰かの答えになるとは限りません。

でもいつか、
「ああ、こういうことだったのか」と思い出してもらえることがあるなら、
いいなと。

親が子どもに思う気持ちにも、
少し似ているなと感じました。

 

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