
「継続」といったときに思い浮かぶのは、今ある能力をより高度に磨くための行動というイメージではないでしょうか。
例えば、もっと早くできるようになる、もっとうまくできるようになる、そういうもの。
修行や修練も、継続に近いイメージです。
果たしてそうなのか。もしかして、その限りではないのかもしれないと気づいたことがあります。
そろばんの謎
少し話は変わって、次女がそろばんを習っています。
今は楽しそうに珠をはじいているだけですが、続けると、暗算能力が鍛えられるそうです。
教室の先生は、娘の指導をするときに、答えを見ません。
娘が計算したものを持っていくと、丸付けをしてくれるのですが、とにかく早いのです。
空にそろばんをはじくこともありません。まるで答えを見ているかのようです。
問題をひと目見ただけで「暗算」で計算してマルをつけているといいます。
でも、頭の中で珠をはじくよりもはるかに早い。一体あたまの中で何が起きているのでしょう。
新しい回路を育てる
どうやら、そろばんの達人は、繰り返すうちに脳の使い方や処理の仕方そのものが変わっていくようです。
最初は、数字を認識して計算の順番を考え、手で珠をはじいていく。それが繰り返すうちに、頭の中に「そろばんの映像」がそのまま浮かぶようになっていくそうです。
言葉で数字を追うのではなく、絵を見て答えが出てくる感覚に近いのかもしれません。
つまり繰り返すことで、「計算するための別のルート」ができあがっていくようです。
私たちが想像するような、数字を順番に追う計算とは違う処理になっていくのでしょう。
しかも、それが1秒もかからないような速さで行われます。
つまり、継続とは、今ある能力を磨くだけでなく、そのことを処理するための新しいやり方を自分の中につくることでもあるのです。
考えて行うよりも、もっとやりやすい方法はないかな、と脳が探していくのかもしれませんね。
私はこれを、道を作っていくことだと考えました。
ありそうでなさそうな細い道をたどって毎回進んでいると、やがて道は太くなる。
さらに、「こっちの道の方がもっとよさそう」と別の道を見つけ、その道もまた太くなっていく。
結局は、続けることでよりよい方法を探していくことには変わりないのですが。
継続とは、今ある能力を伸ばすことだけでなく、新しい能力を育てること。
そう考えると、続けることの意味が少し変わって見えます。
