
サグラダ・ファミリアの中央塔・大型塔が、2026年に完成しました。
アントニ・ガウディの没後100年です。ガウディがもしこのことを知ったら、どう考えるのかなと想像していました。
ガウディが100年後をどう見ていたかはわかりません。
けれど、自身の生存中には完成しないだろう、ということは言っていたようです。100年以上もかかるとは思ってもみなかったかもしれませんけれど。
この100年で、いろいろなことがありました。
ガウディ没後数年後には、戦火により建築が中断。
サグラダ・ファミリアの設計図や模型が消失。
芸術作品として世界中の人に知られる聖堂になる。
100年後の常識なんて、わかりません。
今おこなっていることが、将来どのように評価されるのか。
何が正解とされるのか。
何が古いとされ、何が新しいとされるのか。
未来の正解を読むことができないし、狙ってこうなったとも思えません。
きっとガウディは、目の前のことに集中していたのではないかと思うのです。
100年後にどう評価されるかよりも、
いま目の前にあるものをどうつくるか。
これは、日々の仕事や発信にも通じるところがあります。
1年後に正解とされること。
10年後に意味が出てくること。
100年後には、もう誰も気にしていないこと。
その違いを、いま完全に見分けることはできません。
そう考えると、
「これは正解なのか」
「今やっていることに意味があるのか」
「世間のウケはどうなのか」
と考えすぎても、仕方ない。遠すぎる未来の正解を当てにいくよりも、
今の自分が大事だと思う目の前の仕事を、少しずつ形にする。
そういう積み重ねの先に、
自分では想像していなかった未来に、意味が生まれるかもしれない。
そんなところに、ロマンを感じています。笑
